「現地に来られなくても、オンラインで重要事項説明も契約もできます」と言われて、便利そうだけれど本当に大丈夫なのか不安になった方のための記事です。転勤や遠方への引っ越しでは、テレビ会議での重要事項説明(IT重説)や、書類をデータでやり取りする電子契約が広く使われるようになりました。この記事では、IT重説と電子契約がそれぞれ何を指すのか、法律上どこまで認められているのか、画面越しだからこそ見落としやすい点は何かを、事実・自己診断・行動の順で整理します。
この記事の要点
- IT重説はテレビ会議システムなどを使った重要事項説明の方法であり、賃貸取引では2017年10月から本格運用されています。要件を満たせば対面の重要事項説明と同じ効力を持ちます。
- 電子契約(35条書面・37条書面の電子交付)は、2022年5月18日施行の宅地建物取引業法改正で解禁されました。借主が承諾した場合にのみ認められ、承諾は後から撤回でき、それ以降は紙での交付に切り替えてもらえます(撤回は書面やメールなど記録に残る方法で行う必要があります)。
- 画面越しのやり取りは、違約金条項・特約・更新条件などの細部を聞き流しやすい面があります。IT重説や電子契約そのものを警戒するより、事前資料の確認と保存の仕方を押さえておくことが実務的な対策になります。
「IT重説」と「電子契約」は何が違うのか
この2つはセットで語られることが多いのですが、法律上は別の話です。混同せずに整理しておきましょう。
IT重説は、宅地建物取引業法35条にもとづく重要事項説明を、対面ではなくテレビ会議システムなどを使って行う「説明の方法」の話です。書面自体は紙のままでも、説明だけをオンラインで行うことができます。
電子契約は、重要事項説明書(35条書面)や契約書面(37条書面)を、紙ではなくデータ(PDFなど)で受け取り、宅建士の押印なし(記名のみ)で手続きを進める「書面の交付方法」の話です。IT重説と組み合わせれば、説明も書面のやり取りもすべて非対面・オンラインで完結しますが、IT重説だけを利用して書面は紙で受け取る、あるいはその逆の組み合わせも可能です。なお、賃貸借契約そのものは当事者の合意だけで成立するため、もともと書面がなければ無効というものではありません(定期借家契約は例外で、公正証書等の書面によることが必要です。契約内容を記録した電磁的記録によって契約したときは書面による契約とみなされます〔借地借家法38条1項・2項〕。なお、この契約自体の電磁的記録化に借主の承諾は要件とされていません。承諾が必要になるのは、後述する事前説明書面を電磁的方法で提供する場合です)。2022年の改正で新たに認められたのは、宅建業法が業者に義務づけている35条書面・37条書面をデータで提供することです。
自分がどちらの説明を受けているのか分からない場合は、重要事項説明(35条書面)で本当に聞くべき質問リストを参考に、「今日の説明はIT重説ですか、書面は電子交付ですか」と最初に確認すると整理しやすくなります。
IT重説のルールを確認する(事実)
賃貸取引での運用開始時期
IT重説は、賃貸取引については2017年(平成29年)10月から本格運用が開始されています(それ以前は社会実験の段階でした)。売買取引でのIT重説の本格運用開始は2021年3月であり、賃貸より後です。両者の開始時期を混同しないよう注意してください。
実施のために必要とされる主な条件
IT重説が対面の重要事項説明と同様に取り扱われるための要件は、国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(第35条第1項関係)および同省「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明 実施マニュアル」(令和6年12月版)に示されています。おおむね次のような条件を満たすことが求められています。
- 説明を行う宅建士と借主が、映像・音声の両方で双方向にやり取りできる環境(通常のテレビ会議システムなど)を用いること
- 宅地建物取引士の記名がある重要事項説明書と添付書類が、説明の前に借主にあらかじめ交付(電子的な提供を含む)されていること
- 説明の開始前に、借主が書面を見ながら説明を受けられる状態にあるか、映像・音声の状況に問題がないかを宅建士が確認していること
- 説明の開始前に宅建士が宅建士証を画面に提示し、借主が氏名等の文字を読めること、および画面に映る本人と宅建士証の写真が同一人物であることを確認できること(個人情報保護のため住所欄にシールを貼って提示することは差し支えないとされています)
- 説明の途中で映像が見えない・音声が聞き取れない状況が生じた場合は、直ちに説明を中断し、原因を解消してから説明を再開すること。原因が解消できない場合はIT重説自体を中止する必要があり、その場合は残りの部分を対面での説明に切り替える対応も可能とされています
さらに、IT重説を実施するには事前に借主へ意向確認を行い、承諾を得ることが実施マニュアル上の遵守事項とされています。
注意: 上記のうち映像・音声の双方向性、事前交付、開始前の確認、宅建士証の提示は、これを満たす場合に限り対面と同様に取り扱うとされている必須の要件です。使用するシステムや進め方の細部は宅建業者ごとに異なりますが、上記5項目のうち通信障害時の対応を除くこの4点は共通して求められます。要件を満たしていないIT重説(映像なしの音声通話のみ、事前資料の共有がないまま説明を始めるなど)は、正式な重要事項説明として扱われない可能性があるため、説明前に「宅建士証は画面で見せてもらえますか」「事前に資料をいただけますか」と確認することをおすすめします。
対面の説明との効力の違い
条件を満たしたIT重説は、対面での重要事項説明と同じ効力を持つ説明方法として運用されています。「オンラインだから簡易な説明で済まされる」「対面より効力が弱い」ということはありません。逆に言えば、画面越しであっても、宅建士は対面のときと同じ内容を説明する義務を負っています。なお、IT重説を実施するには事前に借主の承諾を得ることが必要とされており、オンラインでの説明に不安がある場合は対面での説明を求めることができます。開始後でも、借主が希望すればIT重説は中止され、対面に切り替えることが可能です。
電子契約(電子交付)のルールを確認する(事実)
2022年5月18日施行の宅地建物取引業法改正
宅地建物取引業法35条・37条にもとづく書面は、長らく紙での交付が原則とされてきました。2022年5月18日施行の宅地建物取引業法改正(デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律〔令和3年法律第37号〕による改正。電子交付の根拠は宅地建物取引業法35条8項・37条4項5項、承諾の手続は同法施行令3条の3・3条の4、電子書面が満たすべき基準は同法施行規則16条の4の8・16条の4の12)により、次の2点が実現しました。
- 35条書面・37条書面における宅建士の押印義務が廃止された(現行法では宅建士の「記名」のみが必要)
- 相手方(借主)の承諾を得た上で、宅地建物取引業者が35条書面・37条書面を電磁的方法により提供(電子交付)することが可能になった
これらの交付義務を負うのは仲介・代理を行う宅地建物取引業者であり、貸主が自ら貸す場合(自ら貸借)は宅建業法の適用対象外です。改正により、重要事項説明から契約締結までを非対面・電子的に完結させる環境が整いました。
ポイント: 電子交付は「借主が承諾した場合」に限って認められる仕組みです。承諾は口頭では足りず、書面やメール等の記録に残る方法で取得することが法令上求められています。承諾していないのに一方的にデータだけを送られてきた場合は、その交付方法について確認する必要があります。承諾書やメールでの承諾確認のやり取りが残っているか、自分でも記録しておくと安心です。
電子交付にあたって満たすべき主な条件
電磁的方法による書面提供が有効と認められるためには、宅地建物取引業法施行規則16条の4の8第2項(35条書面)・16条の4の12第2項(37条書面)などにより、次のような条件を満たすことが必要とされています。
- 借主が、事前に「どの電磁的方法(メール、Webダウンロード、CD-ROM等)で、どのファイル形式で提供されるか」の説明を受けたうえで、書面または電子メール等の記録に残る方法で承諾していること(口頭のみの承諾は法令上の要件を満たしません/宅地建物取引業法施行令3条の3第1項・3条の4第1項)
- 借主がファイルを出力して書面を作成できる形式(PDFなど)で提供されること
- 記載事項について改変が行われていないかを確認できる措置(電子署名など)が講じられていること
- Webからのダウンロードや閲覧で提供される場合は、記録した旨(アップロードした旨)が借主に通知されること
- その書面の交付に係る宅地建物取引士が誰かが、電子書面上で分かるように明示されていること
ポイント: 承諾は口頭では足りず、書面やメール等で取得することが法令上求められています。
豆知識: 定期借家契約の事前説明書面(借地借家法38条3項の書面)についても、2022年5月18日施行の借地借家法改正(38条4項)により、借主の承諾を条件に電磁的方法での提供が認められるようになりました。契約自体の電磁的記録化(38条2項)とは異なり、この事前説明書面の電子提供には借主の承諾が要件とされています。また、この事前説明書面の交付義務を負うのは建物の貸主(賃貸人)であり、35条書面・37条書面とは義務主体が異なる点に注意してください。定期借家契約と電子契約を組み合わせるケースでは、この事前説明書面が紙・データのどちらで交付されたかもあわせて確認してください。詳しくは定期借家契約とは?普通借家との違いと「更新できない」リスクで解説しています。
承諾は撤回できるのか
電子交付に一度承諾した後でも、その承諾を撤回することができます。ただし撤回は口頭では足りず、書面または電子メールなど記録に残る方法で「電磁的方法による提供を受けない旨」を申し出る必要があります(宅地建物取引業法施行令3条の3第2項・3条の4第2項)。この申出があった後、宅建業者はその書面を電磁的方法で提供してはならず、紙での交付に切り替えて対応することになります。一方で、申出より前にすでに電子交付された書面を紙で再交付するところまでは法令上義務づけられていないため、紙で受け取りたい場合はできるだけ早い段階で申し出てください。
比較表:対面・IT重説・電子契約の違い
| 項目 | 対面・紙の書面 | IT重説(説明方法) | 電子契約(書面の交付方法) |
|---|---|---|---|
| 対象 | 重要事項説明+書面交付 | 重要事項説明の実施方法 | 35条書面・37条書面の交付方法 |
| 根拠 | 宅地建物取引業法35条・37条 | 国土交通省の解釈・運用の考え方/実施マニュアル(2017年10月〜賃貸で本格運用) | 2022年5月18日施行の宅地建物取引業法改正(35条8項・37条4項5項) |
| 借主の承諾 | 不要 | 必要(実施前に借主の意向確認と承諾を得ることが実施マニュアル上の遵守事項。断って対面での説明を求めることもできる) | 必須(承諾がなければ書面交付) |
| 宅建士証の確認 | 対面で提示 | 画面上で提示・確認 | (IT重説と併用する場合は同様) |
| 押印 | 従来は必要とされていた | — | 宅地建物取引士の押印義務は廃止(記名のみ。電子交付・紙交付とも)。借主自身の署名・押印が不要になったわけではない |
| 書面の保存 | 原本を保管 | 説明時の書面は紙または電子(別問題) | データを自分で複製・保存する必要がある |
注意: 表の「IT重説」と「電子契約」は別々の制度です。「IT重説だから書面もデータで届く」とは限らず、逆に「電子契約だから説明もオンライン」とも限りません。契約前にどの組み合わせで進めるのかを担当者に確認しておくと、当日になって戸惑うことを防げます。
自己診断:自分の契約に当てはめて確認する
これから、あるいはすでにオンラインで契約手続きを進めている方は、次の項目を確認してみましょう。
チェック1:説明はIT重説として適切に行われたか
- 事前に届いた重要事項説明書に宅建士の記名があったか
- 説明前に宅建士証を画面上で確認できたか
- 重要事項説明書を、説明が始まる前に受け取り、目を通す時間があったか
- 途中で映像や音声が途切れたとき、説明が中断され、状況が解消してから再開されたか
いずれかに不安がある場合、実施マニュアルに沿った説明が行われていない可能性があります。契約前であれば、担当者に説明のやり直しや資料の再送付を依頼できないか相談してください。
チェック2:電子交付への承諾をした覚えがあるか
- 「電磁的方法での提供に承諾します」という趣旨の書面・メール・システム上のチェック欄に同意した記憶があるか
- 承諾した記録(メールの控え、システムのスクリーンショットなど)が手元に残っているか
承諾した記憶がないのにデータだけで書面が届いた場合は、交付方法について担当者に確認しましょう。
チェック3:画面越しで聞き流しやすい条項を意識して確認したか
- 中途解約の違約金条項、更新料・敷引きなどの特約条項について、画面共有された箇所だけでなく書面全体に目を通したか
- 「あとで読んでおいてください」と流された条項がないか
特約の有効性そのものについては賃貸契約書の特約はどこまで有効?消費者契約法10条の判断基準で判断の目安を解説しています。オンラインだからといって特約の効力の考え方が変わるわけではないため、内容自体は対面契約と同じ視点で確認してください。
チェック4:電子書面を自分で保存できているか
- 送られてきたPDFなどのファイルを、自分の端末以外(クラウドストレージなど)にも保存したか
- 必要に応じて紙に印刷して保管したか
紙の契約書と違い、電子書面は「担当者から送られてきたメールを消してしまった」だけでアクセスできなくなるおそれがあります。退去時の原状回復トラブルなどに備え、契約直後に自分の手元へ複製しておくことをおすすめします。
行動:契約前後に確認すべきこと
確認する書類・記録
- 重要事項説明書(35条書面):紙・データのどちらで交付されたか、宅建士の記名があるか
- 契約書面(37条書面):同上。押印の有無にかかわらず、記載内容そのものを確認する
- 電子交付への承諾記録:承諾した日時・方法(メール、システム上の同意ボタンなど)
- IT重説の実施記録:可能であれば、宅建士証を画面上で確認した際の日時や、事前に受け取った資料一式
担当者への確認の仕方(一般的な例)
以下は、オンライン契約を進めるにあたって担当者へ確認する際の言い方の一例です。個別の状況によって適切な聞き方は異なるため、あくまで参考としてご利用ください。
- 「今回の説明はIT重説でしょうか。宅建士証は画面で確認させていただけますか」
- 「重要事項説明書と契約書は、紙とデータのどちらでいただけますか。データの場合、あとで紙でも欲しくなったら対応してもらえますか」
- 「電子交付に承諾する前に、記載事項をひと通り読む時間をいただけますか」
相談窓口
IT重説や電子契約の進め方に疑問が残る場合、あるいはすでに契約してしまってから交付方法や説明内容に不安を感じた場合は、次のような窓口が利用できます。
- 消費生活センター(消費者ホットライン188):契約全般に関する相談窓口として、まず状況を整理する助けになります。
- 宅地建物取引業の免許行政庁(都道府県の担当窓口):重要事項説明の実施方法そのものに疑義がある場合の相談先です。
- 法テラス(日本司法支援センター)・各地の弁護士会:契約の有効性など個別の法的判断が必要な場合の窓口です。
なお、契約が有効か無効か、説明が要件どおりだったかどうかは、個々の事実関係(画面共有の記録、送付された資料の内容、やり取りの経緯など)によって判断が分かれます。この記事の内容だけで個別のケースを断定することはできないため、気になる場合は記録一式を持って窓口に相談してください。トラブル全般の窓口の使い分けは賃貸トラブル、誰に相談すればいい?窓口の使い分けガイドでも整理しています。
まとめ
IT重説はテレビ会議による重要事項説明の方法、電子契約は35条書面・37条書面をデータで受け取る交付方法であり、それぞれ別の制度です。賃貸のIT重説は2017年10月から、電子交付は2022年5月18日施行の宅地建物取引業法改正から利用できるようになりました。これらの書面の交付義務を負うのは仲介・代理を行う宅地建物取引業者であり、貸主が自ら貸す場合(自ら貸借)には適用されません。どちらも要件を満たせば対面・紙の契約と同じ効力を持ちますが、借主の承諾が前提であること、承諾は書面やメールなど記録に残る方法で撤回でき、その後は紙の交付に切り替えてもらえることは覚えておいてください。オンラインだからこそ、宅建士証の確認、事前資料の読み込み、電子書面の保存を意識的に行うことが、契約後のトラブルを防ぐ一番の対策になります。